身体を悪くして、医師からタバコを控えるように言われているのに、止められないでいるある男性の禁煙のお手伝いをしたことがある。彼は毎日五、六十本もタバコを吸い続けていたが、先の方法でからだが嫌がっている感じを感じられるようになると、本人が意外に思えるほど簡単にやめることができた。
一年後に吸ってしまうことがあったが、再び同様の方法でやるめることができた。そして、彼の禁煙はますます確固たるものになった。喫煙家の中には、禁煙しようとする人がいると、わざと失敗させようと、目の前で吸ってみたり、さらにはわざと煙を吹きかけたりする人がいる。彼の職場の同僚にもそういう人がいた。しかし、彼は同僚がおいしそうに吸って煙を吹きかけても、吸いたいとはまったく思わなくなった。からだが欲していないのがわかるよいう。この男性の禁煙はも十年以上続いている。
彼は、もはや同僚に煙を吹きかけられても、吸いたいという気持ちが起こらないところまできている。このような、いわば自然なやめ方とは対照的なやめ方がある。医師から酒とタバコをやめないといのちは保証しないと宣言されたある年配の人は、それ以来酒もタバコもやめた。その人は私にこういった。「やめて三年になるが、お医者さんの許可が出れば、私はすぐにでもタバコを吸いたい」。同じやめるにしても、頭だけでやめるのと、からだの声の力も借りてやめるのとでは大きな違いがあるようである。
やはり、先の方法で禁煙に成功した別の男性は、「私はタバコを仮に一本吸ったとしても、吸い終わったその瞬間からタバコをやめることができる」という。「それならやってみろ」という会社の同僚の前で、二、三度やってみせたことがあるそうだ。「吸い終わったその瞬間からタバコをやめるっことができる」とは、なにやら冗談に受け取られかねない話だか、本当にやめられるというのはこういうことである。 |